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江戸の神田の街づくり

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江戸の神田の街づくり

江戸時代、神田は全国から職人を集めて街づくりをしたと、すこし触れました。こちら

具体的にどんな職人が集まっていたのでしょうか。

◆蝋燭町(ろうそくまち)
今の住居表示では、司町(つかさまち)2丁目あたりです。
こちらに、ろうそく製造業の職人が集まりました。

江戸城や、武家屋敷では、もっとあかるい蝋燭が必要でした。
もっとも、蝋燭は、とても高価でした。
そのため、江戸時代初期の庶民が夜明かりをとるのは、魚などの油。臭しい、たいして明るくもありませんでした。

今、電気を消して蝋燭だけにしてみるとよくわかる。現代人では本も読めない。

でも、江戸時代は、夜、皆目が聞いたのでしょうね。
特に、明るさを求めるには百目蝋燭という太いものを使って明かりをとっていたと言われています。

 

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この記事を書いた人

江戸時代のおもろしい出来事や、今も東京に残る名所・名物などを書いてゆきます。また、電車+徒歩でのウォーキングや、自転車であちこちを廻ります。加えて、落語も好きです。落語は、江戸の長屋のおもしろ可笑しい暮らしが分かって楽しいですよね。

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