副業を解禁とする企業が増えてきました。もっとも副業禁止となったのは戦後の高度成長期であり高々50年ほど前のことです。それまでは、むしろ副業により収入を増やす(食べる為)ことは普通でした。温故知新ですね。
江戸時代から現代まで副業はどう扱われてきたのかを見ていきます。

1603年 – 1868年:江戸時代
下級武士(ほとんど)の今の貨幣価値に換算すると月収約6万6000円。国民年金に近い金額ですね。月給だけで生活するには苦しかったようです。では、当時にどのような副業があったかというと、
- 「傘張り」:当時の傘は高級品(現代の傘の雨をうける部分は紙でした)でした。当時、高級品の「蛇の目傘」は1本2万円。庶民向けの「番傘」は1本5000~7500円。傘は高価なものだったのですね。破れれば紙を貼り直し使うために、武士の副業になっていました。
- 金魚養殖:金魚ブームが起きた為、養殖する人が増えました。結果、高価であった金魚が庶民にも飼えるようになりました。そしてブームは終わります。
- 剣術道場:武士なので、こちらは現業を生かした副業ですね。新選組局長である近藤勇が剣術道場を営んでいたのは有名ですね。また、幕末江戸三大道場というのも有名ですが、全国各地の剣士が道場を作っています。
- 変化朝顔栽培:変化朝顔とは突然変異から生まれた朝顔です。普通の朝顔とはかなり異なります。こちらの江戸の朝顔を一度ご覧ください。
1850-1950:明治〜大正〜昭和(戦前)
- 明治後期から、開国に伴い、政府によって複業(副業)が奨励されていたとされています。
- 農家には、兼業や養蚕を奨励し、都市部の女性(家庭婦人と言ったらしい)には裁縫、刺繍、編物を奨励しました。
- この時期、終身雇用が大企業で始まりました。理由は、激しい労働移動による非効率を避ける手段として、大企業が労働者の定着化を進めたことがそもそもの発端であるとされています。しかし、日本全体に広まるのは、昭和20年の終戦まで待たなければなりません。
- 昭和初期:映画監督の小津安二郎は、昭和4年(1929年)公開の映画『大学は出たけれど』を作っています。その時の大学卒業者の就職率は約30%。大変な時代ですね。どのような時代かというと、昭和恐慌(世界恐慌といった方が分かりやすいですね)の時代ですね。この後、戦争に突き進みます。
1950-2017:昭和(戦後)〜平成29年
- 戦後の日本では、終身雇用制度への移行します。結果として、1社に所属するという意識が多勢となります。「職を転々とするやつは、信用できない。」ましてや「副業なんてけしからん。」。企業は従業員を抱え込む為「副業禁止」の風潮となりました。
2018年〜
- 少子化・国内景気の低迷となり、終身雇用は企業としても(大企業として)負担となり始めます。
100年を経て副業は身を守るすべとして必要になってきました。
副業は、昔の武士のように必要な時代となってきたのではないでしょうか。

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